自分にむかってまっすぐに。「LOVE & HUG」

判断力の低さ

物事の本質は、過ぎてみないとわからないもの。

昨夜、運転をしながら昔のことを思い出し、つくづくそう思った。

新入社員と呼ばれた時から30代半ば過ぎまで、いくつかの会社にお世話になった。

きちんと仕事はこなしていたと思う。それなりに楽しかったし。
でも、いつもなにかしら、会社、上司に対して不満を抱いてもいた。

とても恥ずかしいことをしていたと、心から反省しちゃった(汗)。

会社に入るということは、「自分が望んで」入社するということだよね。
乞われて、とか、ヘッドハンティングもあるだろうけれど、最終的に入るかどうかを
判断しているのは自分なのだから、すべて「自分が決定している」わけだ。

わくわくやどきどき、緊張感を携えて入社日を迎える。
しばらく経つと、いろいろなものが見えてくるし、慣れも生じる。
そうすると、アラが見えてきたり、思っていた状態とは違うというような
不平・不満分子がこころのなかに生まれてくるんだ。

「こんなはずじゃなかったのに」
「こんな仕事をするために入ったわけじゃない」
「自分は正当に評価されていない」
「上司の小間使いじゃない」
    ・・・・・・・・・などなど。

でもさ、「こんなはずじゃなかった」会社を選んだのは自分。
入社前に会社と話し合って、ポジションや給与も納得し、
周囲の人たちに、採用決定された時の喜びを伝えたよね。

その会社に対して、不平不満を口にするのは「自分の判断力の低さ」
ひけらかしていることになるんじゃないかな。

もちろん、合うと思っていたのに、本当に合わなかったという場合もある。
そうであるなら、不平不満を口にせず、黙って会社を去る。
新たに自分に合う会社を探せばいいだけ。

その会社に「合う」ひとだっているわけだから、辞める自分が常識的で
残る人が「変人」のように言うのも幼い捨て台詞だよね。

たとえば自分が買った洋服に、文句や愚痴をいいながら着る?
「合わない彼・彼女」に陰で不平不満を口にしながら、付き合い続ける?

名の通っている大きな会社に入った人は、名刺や社章を大事に使う陰で、
上司や社内システム、給与額の文句を言う。

やっていることと言っていることが真逆なんだ。うそっぽいぞ、ほんと。
プラダやエルメスで着飾りながら、その製品をけなしているのと一緒。

おかしいでしょ、そんなの。

人は、自分の選択眼をとおして買ったもの、手に入れたものは大事にする。
誰かが文句を言ったら、「そんなことはない」とかばうしね。
会社だって同じなんだよ。

改善すべき点があるなら、よりよくするために動けばいい。
車や家、ゴルフ道具の手入れと一緒。

自分で選んだものなら、愛そうよ。
愛して、手をかけて、それでもだめなら、その時は潔くサヨナラする。
でも、一緒にいること、続けることを選んだなら、ポジティブに動こう。

 

若い頃の苦々しい自分の思い出が、教えてくれた人の道。
ここまで過去にならないとわかんないものなのかもしれないけれど、さ。
いま、自分の会社や上司が嫌で仕方ないと思っているのなら
もう一度考えてみて。

たとえどんなに自分が正しい、と思っていても、
いつかは私のように「恥ずかしい自分」を見つめることになるからね(笑)
やさしい私からの「転ばぬ先の杖」的おはなし、これにて終了。


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