自分にむかってまっすぐに。「LOVE & HUG」

【数字が読めると年収がアップするって本当ですか?】第2章

熱烈応援、友人のゲキこと古屋さんの新刊が発売されたよ。

第2章を丸ごとお見せします。

以下からね!

————–

第2章 売れれば売れるほど給料がもらえるなんて最高です!

偶然見つけた社員募集のチラシ

ダメ人間だもの

僕は豊丸自動車の販売会社を辞め、もっと稼げる仕事を探すために、平日の昼下が りに求人広告を眺めていました。でも、いい求人はそれほど簡単にあるわけでもなく、

「なんだかな~」と思いながらプータローを続けていました。

面白いもので、プータローに慣れてくると、人間の中身もそれなりに成り下がっていきます。と同時に、心のどこかでは、「またいつでも稼げるさ」とか「僕だって本気になれば、あっという間に金持ちになれる」と思っている自分もいました。

そのわりには、夜な夜な夜遊びをしつつ(お金がかからない程度ですが)、不規則な生活を送っているという……。はっきり言って、ダメなヤツの典型みたいな思考と行動を、延々と繰り返していました。

いつものように夜遊びから帰ってくると、机の上にメモが……。

「お金だけで仕事を選ばないほうがいいよ」

なんだこれ♡ やっぱり、うちの母親かな♡ でも、母親の字じゃないんだよなあ。

「とにかく余計なお世話だっつーの」とぶつぶつと独り言をつぶやきながら、メモをゴミ箱に捨て、眠りにつきました。

サクセスストーリ ーは 突 然に

ただ、そんな怠惰な日々にうんざりしてきて、さすがに「このままじゃまずいな……」と思い、ある日曜日の朝、新聞の折り込みの求人広告を眺めていました。

「歩合制 月収100万円可能! 業務拡大につき社員急募」なんともおいしい条件の求人広告ではありませんか!

直感的に「まさに僕のための会社じゃないか!」と思い、すぐに応募の電話をする

ことに。チラシには「担当:西村まで」と書いてあります。

電話先「プルルルルルル……。カチャ。はい! 教科書100点センターです」

「もしもし。古屋と申します。募集広告を見て、お電話したのですが、ご担当の西村様はいらっしゃいますでしょうか♡」

電話に出た女性は、感じのよい方でした。「少々お待ちください」と保留になり、

しばらくすると、西村さんとおぼしき男性が電話に出ました。

「あー、もしもし、西村です!」

西村さんは、けっこう声が大きな人です。腹の底から声を出しているような、思わず受話器を耳から少し離したくなるくらいの声の大きさでした。

「古屋と申します。営業の募集を見てお電話させていただいたのですが、まだ、募集されていますでしょうか♡」

「えぇ。やってますよ! 一度、面接に来られたらいかがですか♡」

こんなにすんなり面接にたどり着けるとは。学生のときの就職活動では、面接までいかずに、書類選考で落ちたことも多かったので、拍子抜けしました。

「明日、水曜日の14時でどうですか♡ 大丈夫ですか♡」

西村さんは、サクサクと日時まで決めてくれて、好感触です

はいけないと、僕は勇み足で、面接の約束をとりつけました。

まだ、採用が決まったわけではないのですが、これで鬱屈とした日々からオサラバ

できるかもしれないと、僕の胸の中のモヤモヤとしていた霧のようなものが、ス~ッと晴れていく、そんな感じがしました。

「 歩 合 制 」 っ て 最 高 !

僕 がスーツに着 替 えた ら

面接の当日。スーツを着るのは、ずいぶんひさしぶりでした。一番気に入っているスーツを着て、靴をピカピカに磨いて、さらには元営業マンならではの勝負ネクタイをビシッと締めて、いざ出陣です!

若干緊張しながら、目的の会社のある3階建ての雑居ビルの階段を一段ずつ、ゆっくりと登っていきました。

面接を受ける会社がある2階に着いて、ドアの前で深呼吸。ノックを2回して「どうぞ~」という声が聞こえると、僕は大きな声で「失礼しますっとドアを開けました。

所狭しと事務机が並んでいて、全体が見渡せるオフィスの一番奥の席に座っている、ニコニコしたおじさんが、こちらを向いて声をかけてくれました。

「キミが古屋くんね♡ 待っておりました。どうぞ、こちらに」

西村さんはそう言うと、間仕切り1枚で仕切られた、応接セットのある一角を指差し、そこに座るよう促してくれました。僕は形式的な挨拶を済ませ、履歴書を手渡しました。

しばらくの沈黙。この瞬間が一番緊張します。担当の西村さんは、黙ったまま履歴書を眺めていました。

履歴書をひと通り見終わったようで、テーブルに置き、僕に質問をはじめました。

「車は持ってますか♡」

「え♡あ、はい。持ってます」

「あ、そう。豊丸さんで車売ってたんですもんね。どうです♡売れましたか♡」

「はい。新人賞をとりました!(ドヤ顔)」

「そうですか~!ナイスですね~!うちはねぇ~。中学生向けの学習教材を扱っている会社なんですよ。ちょっと見てくれるぅ~♡」

「あ、はい」

「ね、こっちが実際に中学校で使っている教科書。そして、これがうちの教材。ね♡ まったく同じ文章が載っていて、そこに解答や解説が入っているでし ょ♡ これがね、うちの会社のすごいところなのよぉ~♡」

「え♡ 教科書の解答が載っている教材ということですか♡」

「そうそう! そうなの! これはね、著作権っていうのがあるから、ふつうは真似できないところなのよぉ~♡」

「そうなんですか」

西村さんは、なぜか説明するときに、オネェ言葉になっていました。ただ、その説明する姿が一生懸命なので、僕は、ときどき吹き出しそうになるのをこらえながら、熱心に聞いている様子を装いました。

話を聞いて、僕は元営業マンとしてのカンからか、教科書の解答や解説が載ってい

るというのは、商品として、ものすごいアドバンテージだと思いました。

売上を上げれば上げるだけ 、給料が増える!

商品のよさは、営業する際、一番大切になってくる部分です。これは自動車の営業をしていたときも感じていたので、扱っている商品に関しては納得しました。

ただ、いつまでたっても、商品の説明が終わらないので、給与体系などの話を少し切り出してみようと思いました。

「すみません。ところで、西村さん。初任給や給与体系なども詳しくおうかが

いしたいのですが……」

「あ~。そうだったね~。その話をしなくちゃいけなかったね~。ごめん、ごめーん♡」

西村さんは照れ笑いをしながら、そんな自分に1人でウケていました。西村さんは

給与体系について、紙に書きながら、丁寧に説明をしてくれました。

「まずね。うちの給料は、がんばったらがんばっただけ増えるしくみになって

いてね。売上の20%が古屋くんの給料になります。200万円売ったら20万円。300万円売ったら、60万円。500万円売ったら、100万円。わかりやすいでしょ♡」

「がんばれば、1年目でもそんなに給料を増やすことができるんですか♡」

「そうそう! 理解が早い! ナイスですね~。いくらもらえるかは、古屋くんがどれだけがんばったかです。だから、やりがいがあるの♡」

「しくみは理解できました。ありがとうございます」

「もうね、好きなように仕事進めていいからね。そして、稼ぎたいだけ稼げばいいから。好きなようにやっていいんだからね! ね♡」

念押しをするような「ね! ね♡」という語尾が気になったけれど、オネェ言葉で

ニコニコしながら言われると憎めないものです。

が、次の瞬間、西村さんは急に真面目な顔になり、こう言いました。

「古屋くん、うちの会社に入りますか? 入りませんか?」

決断を迫るような感じだったので、ちょっとびっくりしました。

面接したその日に、入社する心の準備まではできていなかったので、「1日だけ考えさせていただいてもいいですか?」と、あらためてこちらから連絡をすることにしました。

「では、明日。社長の西村まで、電話してくださいね。待ってますから」

え!!社長だったんだ

僕は驚きを隠せませんでしたが、かまわず西村さんは続けます

「古屋くんがうちの会社に来ることになったら、私がね、売り方を教えてあげるから! 安心してね♡」

西村さんは、ニコニコして、すでにオネェ言葉に戻っていました。そして、横から女性社員がこちらにやって来て、「社長は、伝説のトップセールスでしたからねぇ~。すごかったんですものね! 社長 」と言いました。

あれ、この女性の声、電話で最初に出た人の声だ。それにしても、西村さんは社長

なんだ。そしてトップセールスマンだったんだ。そんなオーラがまったくないのに、すごかったんだ。

いやあ、わからないものだなあと思いながらも、お礼を伝え、その会社をあとにしました。

もしかしたら、この会社ならどんどん稼げるかもしれない。それにしても、「歩合制で売上の20%ってすごい」と興奮しました。500万円売ると100万円です。

豊丸自動車の販売会社時代、僕は営業マンとして毎月コンスタントに500万円以上は売り上げていました。だから、「今度はいきなり月収100万円も夢じゃない!」。そう思いました。僕はすぐにお金持ちになれるんじゃないか!

期待を胸に次の日、僕は西村社長に電話を入れ、正式に働かせていただくことを決めました。歩合制って最高

がんばっても売れません

~ 会社のブランド力にはお金がかかっている ~

伝説の営 業マンの神業

入社したその日にいきなり、西村社長から「古屋くん! 飛び込みに行くよ♡」と、声をかけられました。

「飛び込み」とは、いわゆるアポなし訪問のことで、豊丸自動車の販売会社の営業マン時代と同じです。伝説の営業マンから直にレクチャーしてもらえるなんて、これはありがたいお誘いだと、ワクワクしながら出かけました。

出かけるにあたっては、住宅地図(1990年代後半はまだ「個人情報保護法」もなく、その地域の個人宅までを網羅した詳細な地図がありました。1軒ずつに世帯主の名前が入っている)に、売り込みをする対象となる人たちが列挙されている名簿の

住所を見ながら、丸印をつけておきます。そのほうが、地図を見ながらどんどん訪問することができるからです。営業マンならではの下準備ですね。

さて、訪問スタート。西村社長は「ピンポーン♪」とチャイムを鳴らします。

「……」。不在。その後、別のお宅を訪問してみるも不在。

西村社長は、気にせずさっさと次のお宅に向かいます。一緒に歩いていて思ったのが、西村社長は歩くのがめちゃくちゃ速い。プータロー時代に読んだ自己啓発本『デキる営業マンは歩くのが速い』を思い出しました。

何軒目かの訪問でドアが開きました。すると、西村社長はすかさず玄関のドアが閉まらないように足を入れ、ドアの中へ体半分を軽く入れたのです。

すごい! すごすぎる!

動きが自然な上に、お客さんとの距離感のつかみ方もさりげなさすぎる。

そして、西村社長はニコニコしながら話しはじめました。

「教科書会社のほうから来たんですけどね~。〇〇くんのお母さんですよね♡

あのね、〇〇くん、来年〇〇中にご入学されるじゃないですか。そこで使う英語の教科書持って来たんですよ~」

正確にはうちの会社は、教科書会社ではないのですが、「教科書会社の“ほう”か ら来ました」と言っているので、嘘ではありません。僕はぎりぎりの線を突くすごい言い方だと思いました。

豊丸自動車の販売会社時代は、こんなこと言わなくても、「豊丸自動車の~」と言

えば、それで済みましたが、「この業界は、こんな感じで説明するのか」と驚きでした。

ドアを開けてくれたお母さんは、最初は怪訝そうな顔をしていましたが、「まあ、

見るだけなら……」と言いながら英語の学習教材を手に取り、目をやりました。

最終的には、このお宅では売れませんでしたが、教材の飛び込み営業のコツを目の前で実演してくれたおかげで、とても勉強になりました。

その後、2時間ほど西村社長と飛び込み営業を繰り返し、その日は会社に戻りました。

まいったネ今夜

会社に戻ると、西村社長は「ちょっと反省会やろうね♡」と言って、ソファーに座りながら、「どうだった~?」と僕に聞いてきました。

「社長。豊丸自動車の販売会社のころと比べると、まったく相手にしてもらえ

ない感じがしました」

「そっかそっか~。豊丸自動車は何億円もかけてテレビCM流したりしているから、有名だもんね~」

「そうなんですよ。CMとか流せば、もっと楽に売れるんじゃないでしょうか?」

「バカねぇ。そんなお金どこから出すの?」

「これを機会に出してみたらどうでしょうか?」

「あはははは。それもいいわね。でも、あなたの給料も、すごい減ることになるけどいい?」

「え♡ なんで会社がCMを流すと、僕の給料が減ることになるんですか?」

「うちは広告費にお金をかけていないぶん、そのお金を給料に反映してるのよ♡」

「それってどういうことですか?」

「あのね、豊丸自動車の販売会社にいたとき、車を売っても歩合は、ほとんどつかなかったでしょ?」

「はい」

「それは、車1台に対する利益がたくさんあっても、広告費にもたくさん回しているからなのよ。そのぶん、売りやすくなるわけね。うちの場合は、広告費をかけないぶん、売った人に還元するわけ。わかる?」

「はあ。なんとなく……」

「じゃ、古屋くん! 明日から1人で回ってみようね♡」

そうして、僕はたった一度の実演研修(?)後、翌日から1人で飛び込み営業することになりました。

が、1人で飛び込み営業をはじめてみたけれど、成果の出ない日が何日も続きまし た。エリアを変えてみたり、あれこれやってみましたが、まったく売れない……。何 十軒と訪問するのですが、僕の場合、まずドアを開けてもらうことすら難しいのです。やっとドアが開いたと思っても、一瞬で断られてしまいます。完全にお母さんたち

は僕を怪しむ目でジロッと見て、ボソッと「けっこうです」と。ドアを閉めたあと、 カギがかかる音が……。西村社長が訪問先のドアに足をスルリと入れるテクニックも、

「教科書会社のほう」というセリフも使うことができず。

僕は家に帰る途中、「いや~。まいったな……」と苦笑いしながら、思わず独り言を言っていました。いや、正確には「まいった」どころではなく、暗く沈んでいました。

何度目かのアポイントではじめての契約

~会社は社員に先行投資をしている~

24時間 、戦えますか?

断られ続ける日々が延々と続き、いつしか2か月ほどが経っていました。まったく結果が出せない僕を見て、西村社長は何かを考えついたらしく、出社した僕を呼び出しました。

「古屋くん! 研修に行ってこない♡」

「えっ、また同行してくださるんですか♡」

「ううん。じつはね、メーカーのほうで、しばらく面倒を見てくれるっていうのよ。だから、行ってみようよ♡」

「あっ、はい……」

「研修」って聞いたから、てっきり今日は西村社長と一緒に回るものかと思ったら、そういうことか。社長の顔を見るかぎり、行かせる気満々だし、まあ、こりゃしょうがない。行くしかないかな。

と軽い気持ちで「行きます!」と言ったはいいものの、じつは泊まり込みで、しかも数か月も地獄の特訓みたいな環境に置かれるとは……。このときは、そんなこと思いもしていませんでした。

僕の研修場所は、神奈川県の厚木市という、田舎の中の都会と言ったようなところにある、雑居ビルの2階から4階の3フロアに入っている教材メーカーのグループ会社でした。

研修を卒業する条件は「1件の契約をとること」。ぶっちゃけ、楽勝だと思っていたんです。

とにもかくにも、郷に入っては郷に従えなので、そこでのやり方を教えてもらうことになりました。まず「テレアポ」と呼ばれる、電話でお客様と約束をとりつける作業をする「テレアポ部隊」に、いったん配属されました。

「部隊」と僕が呼んでいるのは、まさに軍隊そのものの上下関係や、厳しさが、そこにはあったからです。

「テレアポ部隊」は自分でアポイントをとり、自分で販売しに行くというようなスタイルでした。早い話が、飛び込みとか、そんな非効率なことはせず、電話である程度売れそうなところまで話を詰めてしまい、あとはいわゆるクロージングをしに出かける、というものです。

しかし、自分のアポをとっても、外に出るためには営業トークを覚える必要があり、

ぎっしりと文字が詰まっているA4のプリントが、なんと36枚。それを丸暗記せよというのです。

どう考えても覚えきれる気がしないのですが、「それができるまでは、営業には出てはいけない」というルールでしたので、やるしかありませんでした。

寝泊まりする場所は、その運営会社の寮です。寮というと聞こえはいいですが、マンションの1室に8人くらいが二段ベッドで寝泊まりするような、いわゆるタコ部屋。

「早くこの状況から抜け出したければ、結果を出せ」と言わんばかりの状況です。

テレアポ自体の腕は、日に日に上がってくるのですが、暗記が苦手な僕は、どうに

もこうにも ページの営業トークを覚えることができません。

そして、先輩に同行させてもらって、「デモ(いわゆる商談のことをこう呼んでいた)」を後ろから見せてもらったときに、どの先輩も、トークを一字一句、すべて覚えているのに驚きました。

朝 時から夜 時までが定時で、帰ってからトークの練習を深夜2時ごろまで行う日々が続きました。まだ 代前半だったので、体力的には問題なかったのですが、精神的にかなりきつかったです。今思い返すと、まさにブラック企業そのもので、途中で辞めていくタコ部屋仲間も数人いました。

ダンシング・ヒーロー

「1件の契約なんて、すぐだ」と思ったものの、結果が出せないまま3か月ほど経ってしまいました。しかし、そのころにはトークもほぼ覚えることができていたし、テレアポの腕前も相当上がっていたので、「もう自分の会社に戻っていいよ」ということで、研修はそこであっけなく終了となりました。

僕としては、「あぁ、やっと帰れる……」と、地獄のような研修の日々から解放され、ほっと胸をなでおろしました。

研修から戻ると、1枚のメモが。

「売ろう売ろうと必死すぎると、お客様は引くよ」

最初は、この謎の自己啓発メモが置かれる怪奇現象は気味が悪かったのですが、しだいに「最近、こないな……」くらいに思うようになっていました。

それは一理あると、研修で学んだトークを実戦で活かすのと同時に、売ろう売ろうとあせるのではなく、目の前のお客様の悩みにしっかりと向き合うことに努めました。すると、何度目かのアポイントで、研修ではとることができなかった、ひとつ目の契 約をとることができたんです!

「心が躍る」とは、まさにこのような状態です。僕はウキウキした気分を隠せず、ちょっとドヤ顔で会社に戻って報告すると、社内全員が拍手で迎えてくれました。できることはすべてやって、文字通り「死力を尽くした」ような状態だったので、とてもうれしかったです。

これはあとから聞いた話ですが、あの超ブラックな研修は、けっこうなお金がかかっていたとのこと。そして、その間は、会社から少しばかりですが、生活費として、給料のようなものが振り込まれていました。

驚いた僕は、社長に聞きました。

「社長! あの研修って無料ではなかったんですか」

「そうよ♡」

「どうして僕にそこまでしてくれたんですか?」

「まぁ、あなた、やる気だけはあるしね。先行投資よ♡」

「えっ……。あっ、ありがとうございます!」

「その代わり、がんばって会社を儲けさせてちょうだいね♡ けっこうお金出したんだからね♡」

「はい! がんばります!!」

「ま、会社なんてものはね、人に投資して、人が育って、恩返しを待っているようなものなのよ」

「恩返ししますので、待っていてください!」

「私、短気だからね。早めに頼むわよ」

結果が出ない人間の能力アップのためにも、会社はお金を使っているのだなあ、と僕はこれまで知らなかった会社の側面を垣間見ました。

もっと給料を上げてもらうには 、どうすればいいんですか♡

給料は見た目の条件だけではわからない

ある日、喫煙所で僕がタバコを吸っていると、若手社員が2人やって来て、次のような話をしていました。

若手社員A「G社の歩合って知ってる?」

若手社員B「いや」

若手社員A「35%らしいよ」

若手社員B「え! ウチよりも、かなりいいじゃん!」

この話に、僕の心もザワついて、いてもたってもいられず、社長のところに行きま

した。

「社長、ほかの会社に比べて、うちの会社の歩合って少ないみたいんなんです!」

「えっ?そう?」

社長は、ちょっとしらばっくれているように見えました。

「そうですよ。G社は歩合が 35%だそうですよ」

「あ~。あそこねー。G社の教材、売りやすいと思う?」

「えっ、うちの教材に比べたら売りにくいかもしれません……」

「そうでしょう♡ウチのほうが売りやすいってのはさ、つくるときに原価がかかっているからねぇ」

「それだから、ウチの歩合は少ないんですか?」

「ちょっとちょっと。少なくはないわよ! 仕入れ値を考えたらウチなんて多いほうよ」

「じゃあ、歩合は上げられないですかね?」

「そうね~。30%出せる教材あるけど、それ売る?」

「ちょっと見せてもらっていいですか?」

「待ってて。今持ってきてあげる」

社長が別の会社の教材を持ってきてくれたので、見せてもらいました。率直な感想を言うと、アピールする材料が少ない割に値段が高いので売りにくい……。でも、仕入れ値が今販売しているものより安いんだそうです。だから、歩合も上げることができるそうです。

でも、これに切り替えて売れなくなっても嫌だし、いくら仕入れ値が安い教材とはいえ、売上が立たなくなったら、結果的に給料は下がってしまいます。

僕はしかたなくというか、自分で選択したのですが、今販売している教材を売り続けたほうがいいという結論をその場で出しました。

自分の机に戻るとメモが……。

「給料は他社と比べるものではないよ。その会社のビジネスモデルや財務状況によっても変わるものだよ」

「この自己啓発メモ。相変わらず偉そうで、これってよくある建前論みたいだな」と思え、今回もあんまりピンときません。だから、どこかにポイ。

会社が儲かっていそうでも 、給料が上がらない理由

その翌日、他社の歩合の話をきっかけに、前から思っていたことを西村社長に「もっと給料上げるためにはどうしたらいいですか♡」とストレートに質問しました。すると西村社長は、こう言いました。

「そりゃあ、もっと売るしかないでしょう。給料ってさー、どこから出てると思う?」

「はい。自分たちが販売した売上から出ていると思います」

「間違いじゃないんだけどね。ちょっと違うの」

「え?どういう意味ですか?」

「会社ってね、売上が上がっても、いろいろ支払わなきゃならないの。人件費や経費っていうのがあるわけ」

「なんとなくわかります」

「全部支払ったあとに、残ったものが利益ね。そこから国に税金を納めるわけ」

「あっ、税金も払うんですね」

「そうそう。でもね、人件費とか経費とか全部払うと、利益が残らないこともあるのね。会社の経費の中には固定費っていうのがあって、アポインターさんたちの給料もそうだし、家賃とか光熱費とか、いっぱい払うものがあるの」

「う~む……」

「売上が少なくても、給料や歩合は支払うじゃない♡それらを支払ったあと

に残ったお金で、やりくりするわけ。すると、売上が少ないときは、足りなくなったりするのよ」

「えー!そうなんですか?」

「そうよ。売れない月とかあるでしょ?」

「あります……」

「そんなときは、出ていくお金のほうが多くなると会社は赤字になるの」

「そうしたら、どうやって家賃とか払っているんですか?」

「それはね、売上が多い月に貯めておいたお金で払うのよ」

「なるほど!」

「だから、簡単に言うとね。あんたたちの歩合を支払って、残ったお金から、いろんなものを支払っているでしょ? 簡単に歩合を上げていたら残るお金も減っちゃうでしょ?」

僕は西村社長の話を聞いて、何も言い返せませんでした。そして、昨日のメモに書いてあったことを、そのまま言われたような状況でした。もしかして、今回のメモ、社長が???

「あのー、社長!」

「ん?何?」

「もしかして昨日、僕の机にメモを置いたの、社長ですか♡」

「え?メモ?なんの話?」

「あ、いや、なんでもないです」

あのメモ、やっぱり社長ではないみたいです。

会社に貢献したら、出世しました

「 会社のため 」を 考えはじめたら 、いい感じになってきました

歩合制の会社に入って1年数か月。なんとなく僕もトップセールスと言えるような立場に近づいてきた気がします。

毎月の売上はコンスタントに300万円を超え、年収で700万円ほどと、20代前半のサラリーマンとしては、なかなかのものになっていました。

売上を上げていくなかで、僕はもっと効率的にできないかと考えるようになり、ある疑問が生まれました。そこで、社長をつかまえてストレートに聞いてみました。

「社長。ちょっとおうかがいしたいんですけど」

「何♡」

「社長が一番売ってほしい商品ってどれなんですか?会社が儲かるやつ」

「そりゃー、英数国の3教科よー。だってねー。単価が違うでしょ? でもさー、なんでそんなこと聞くの?」

「いやー、なんか最近、社長も機嫌いいし、会社がよくなると僕も毎日楽しいですもん」

「ナイスですね~!ここだけの話だから、まだだれにも言ってほしくないんだけど、じつは来月、あんたを主任に昇格させようと思っているの♡」

「え! ほんとですか!!」

「でね、主任になったら、クリアしてほしい条件があるの。抜擢で昇格すると、まわりからのやっかみも買う。だから、だれが見てもふさわしいって思われなくちゃダメなの!」

「ただがんばっているだけじゃダメってことですか?」

「 出世する人 」に求められる大事なこと

僕は西村社長が言っていることがよくわからず、首をひねっていました。すると、西村社長はそんな僕の気持ちを察知したらしく、次のように言いました。

「がんばることはもちろんだけど、きちんと結果を出して、まわりに認められることが大事」

「認められるって、どういうことですか?」

「そうね。単純に言うとね、まわりからすごいと思われること。そのためのひとつは、会社の利益に貢献すること。そしてまわりから、『ありがとう』と言われること」

「うーん。会社の利益に貢献することはわかるんですが、何で『ありがとう』と言われないといけないんですか? 結果を出すだけじゃダメなんでしょうか?」

「うん。ダメなの。まわりから感謝されている人が出世するとね、まわりはいっそうあなたに協力してくれて、さらに結果を出せるようになるから」

「言われてみれば、嫌われている人が出世しても、みんな面白くないですよね」

「ね、そうでしょ。『結果(を出す)』と『感謝(をされる)』はセットで大事なの♡」

「わっかりました! がんばります!」

トップセールスなのに役職なし。これが今までの僕の状況でした。

うちの会社には営業に出ている上司がいて、専務や部長も第一線で営業に出ているんです。専務や部長も昔はウルトラスーパーセールスマンだったという話を聞いていましたが、ここのところは鳴かず飛ばずのそこそこの売上。昔の売り方が通用しなくなってしまったんだと思いますが、僕のほうが売上が断然いいんです。

その状況を見かねてか、僕を昇格させてくれるという話です。そりゃ、飛び上がるほどうれしかったです。でも、同僚や先輩をはじめ、まわりからどうすれば「ありがとう」って言われるんだろう?

「僕の稼ぎでみんなを養っているんだ」という錯覚

~損益分岐点売上を超えないと会社にお金は残らない~

ロンリーチャップリン

役職のついた僕は、ますます仕事に熱中し、売上を上げ続けました。契約率も、もちろんトップで、セールストークに関してもお手本とされるような立場になっていました。

が、役職がついたことで、僕は自分でも気づかぬうちに天狗になってしまっていたようです。

ぶっちゃけ、僕以外の営業マンは、さほど売上を上げているわけでもありません。

会社の売上の半分が僕の売上、というような月も少なくないような状況です。

営業がメインの会社は、「売れていることが正義」というような世界観が少なからずあるので、僕よりも役職が上の人も、僕の顔色をうかがいながら話しかけてきました。

「自分がこの会社を支えている!」という責任感と満足感くらいならよかったのですが、「僕の稼ぎでみんなを養っているんだ」という自負が生まれていました。

そうして、僕は自分でも気づかないうちに、「僕が正義であり、僕が正解」「I am the low.(私が法律です)」と言わんばかりに、主義主張を社内で繰り返すようになっていました。それを見かねた社長が僕を呼び出しました。

「古屋くん、ちょっといい~♡」

「はい。社長、なんですか?」

「あんたさ、最近変わったわよね~」

「ありがとうございます! バリバリがんばってます!!」

「違うわよ。いい意味じゃなくて、悪い意味で変わったってことよ」

「え? え?悪い意味?めっちゃがんばってますよ!僕、めちゃくちゃがんばって、売上を上げて、会社にも貢献してますよね?」

「まったく!私、なんて言った?主任にするって話したときなんて言った?」

「まわりからすごいって言われて、結果を出すことです!」

「ひとつ抜けてるわよ」

「え?なんでしたっけ。えっと……」

「まわりから『ありがとう』って感謝されること!」

「あ、それもありましたっけ……」

「『ありがとう』って言われるようなことしてる?」

「はい。やってます!!会社の売上が上がるようにめちゃくちゃ売って、みんなから『ありがとう』と言われるようにがんばってます。もっと言えば、僕がみんなを養うくらいの気持ちでやってます!!」

「はぁ?あんたそんなふうに考えてたの?あまちゃんのクソガキもいいところよ! あんた1人がいくらがんばっても、会社はそれじゃダメなの!」

「ほかの人たちが、あんまりやる気がないなか、僕はがんばっていて何がいけないんですか?」

「あんたがね、謙虚で黙々とがんばっていれば、みんなもあんたを応援するのよ。アポインターさんたちからも不満が出てるわよ。上からモノを言ってて、感じが悪いって。あんたは自分ではがんばってると思っているかもしれないけれど、上から目線がバレバレでみんなの士気は下がってるのよ。早い話が、まわりの嘲笑に気づいていない寂しい独裁者のようなものよ!」

「え!!僕はそんなふうに思われていたんですか?」

「灯台もと暗し」とは、まさにこのことです。僕は一気に自分がものすごくイタい人に思えてきました。

「 会社の利益に必要な数字 」は損益分岐点でわかる

社長は、自分が天狗になっていたことに気づかない僕に対して半ばあきれながらか、「やれやれ、困った子ねえ」と子どもを扱うように、こう言いました。

「ところで、損益分岐点って聞いたことある♡」

「それなんですか?」

「まあ、平たく言うと、会社の利益も損失もなくトントンの状態のこと」

「トントン? パンダ?」

「違う違う!まあ、いいや。あんたががんばってくれているのは認めるわよ。ほんと、ありがとね。でもね、全体で見たら、うちの会社はまだまだなワケ。 損益分岐点売上を考えると、うちは利益が残るためには少なくとも毎月売上が 800万円必要なのよ?800万円、あんた1人で簡単に稼げるの?」

「え、いや……(無理です)」

「あんたはトップセールスになりつつあるかもしれないけどね、1人の力ってたかがしれてるの。年間の目標を達成するには、みんなが力を合わせて1億円以上の売上は必要なの。それに目標達成したときの喜びはね、1人で達成したときよりも、みんなで達成したときのほうが何倍もうれしいものよ」

「そういうものなんですか……」

「そう。まだ経験したことないのね。あんた。かわいそうに。まずは天狗になってるその態度をあらためなさい! そして、どうやったら、みんなから『ありがとう』って言われるか、よーく考えなさい」

社長が言っていることは、なんとなくわかるのですが、実際に僕が一番稼いでいるのに、それだけでは「甘い」とケチをつけられているようで、今ひとつ納得がいきません。

自分だけが儲かるよりも、みんなで儲けたほうが楽しい。まあ、たしかにそうだけど。でも、仕事って、楽しければいいわけじゃないし。そんな学校みたいなもんじゃないし。

決算書で「ここだけは見ておくべきところ」

会社が生み出したお金が「営業利益」

出社したら、いきなり神妙な顔をした社長に呼ばれました。おそらく、この前の「損益分岐点」をはじめとした「会社のお金の話」の続きのような気がします。

「大切なことを話すわね。あんたにはいずれ、この会社をまかせたいと思っているの」

「へ !?」

「まず決算書くらい読めるようにならないとね。うちの会社の前期の決算書が上がってきたから、特別に見せるから、ちょっとこっちきて♡」

「決算書って、名前は聞いたことがあるけれど、よくわからないんです」

「う~ん、会社のお金の通知表みたいなものね。決算書には1年ぶん、お金を何に使ったか、売上がいくらだったか、お金に換金できるもの(資産)がどれくらいあるかとかね、そういうことが全部載ってるの♡」

「へえ~、面白そうですね」

「決算書から、いろんなことが見えてくるのよ♡」

と言って、社長は僕に決算書を見せました。

「うげ。数字がいっぱい並んでる……。これどうなっているんですか?」

「あははは。決算書を見るのがはじめてなら、それもそうよね。じゃあね、ここだけ見て。損益計算書の、この売上の部分」

「そ、損益なんとか?あ、はい。いち・じゅう・ひゃく・せん・まん、1億!」

「そう、1億ね。で、次に見てほしいのが、『売上原価』と『販売費及び一般管理費』。これは、売上を稼ぐためにかかった経費のことよ」

「そうなんですね」

「これは、教材を仕入れた金額とか、あんたの歩合とかね、パートさんのお給料とか、ここの家賃とか、そういうものが入っているのよ。いくらになってる?」

「売上原価が3000万円、販売なんちゃらが6000万円ですね。合わせて 9000万円」

「『売上』から、『売上原価』と『販売費及び一般管理費』を引くと、『営業利益』ってやつになるわけ。ここね」

「営業利益は1000万円ですね」

「ざっくり言うと、これが会社が生み出した、利益ってやつ」

会社に残ったお金は 、すべて 自分のものになるわけではない

西村社長の「決算書」の授業はまだまだ続きます。本音はついていくのがやっとでしたが、社長がやる気満々なので、どうやら逃げ出すことはできなさそうです。

「ここから法人税っていう税金を納めて残ったお金が、会社に残るお金なのよ。

さらに、消費税も納めるぶんを取っておかないと」

「この営業利益の1000万円が全部手元にあるわけじゃないんですね」

「そう、あんたも所得税を納めてるでしょ♡それと同じように会社にも法人税という税金がかかるのよ。まあ、ざっと40%の税率だから、400万円は国や自治体に納めるわけ」

「えっ!そんなに!ちょっとした年収と変わらない金額じゃないですか♡」

「だから、払うことが決まっているお金は、ちゃんと使わずにとっておかなくちゃいけないのよ。派手に使っちゃダメなの」

「だから、社長は稼いでいてもベンツ買ったりしないで、古い車で我慢しているんですか♡」

「そう。使っちゃうのは簡単だけどね、会社にちゃんとお金を残して、何があっても大丈夫な状態をつくらないとならないからね」

「そういうことなんだ……」

「そう。会社だって金づかいの荒さですぐに傾くものよ。利益が出ていないのに高級車を買っちゃうバカ社長と同じ。自分の欲望をコントロールできないがゆえに、いつの間にかお金がなくなっちゃうの。最終的には借金地獄にハマって、みんなに迷惑かけちゃうんだからね」

西村社長の「借金地獄」という言葉に、「まさかそんなことにはならないだろう」と思って聞いていました。

「決算書の話に戻るけど、損益計算書の『売上高』から『売上原価』『販売費及び一般管理費』を引くと、『営業利益』になる。ちょっと乱暴に言うと、そこだけ覚えておけばOKよ。あと法人税と消費税は払うものだから貯めておく。わかった♡ これが会社経営の基本」

「はい」

「じゃ、次、貸借対照表、行くわよ♡」

「えっ! まだあるんですか……」

社長からの「いずれ会社をまかせたい」という話はものすごくうれしかったです。ただ、決算書の読み方の授業は「これだけは」というのをなんとか理解しながらも、ふだん見慣れていない数字や言葉ばかりで僕にはけっこうハードでした。

まさか自宅が火事で全焼するとは

炎のランナー

今日は社長から「会社のお金の授業」をみっちりと受けたせいもあってか、いつもよりもどっと疲れが出て帰宅しました。が、バタンキューとすぐには寝ません。

というのも、僕には最近、家に帰って楽しみにしていることがあるからです。当時、出回りはじめたインターネットについて、友人から教えてもらったのをきっかけに、夜な夜なネットサーフィンをすることにハマっていました。

深夜1時半ごろ、パチパチという小さな音が1階にある僕の隣の部屋から聞こえてきましたが、弟が何かやっているんだろうくらいに思っていました。

またしばらくすると、パチッパチという音が。気になって隣の部屋をのぞくと、あろうことか火が立ち上がっているではありませんか!

あまりの出来事に目を疑いながら、しばらく呆然としていました。ハッと我に帰り、よく見ると、外階段から2階に上がったところのゴミ箱が燃えています。あわてて消 火器を探しにほかの部屋を見て回るも見つからず。とにかく寝ている母親を起こして、

「外に逃げろ! 火事だ!」と僕は大声を上げて家の中を走り回りました。

火を消さなければと、燃えていた場所に戻ると、さらに火は大きくなっています。

もはや消すこともできないほどの勢いで、部屋の中まで火が迫ってきていました。

1階の奥の部屋にいる弟に「おい! 逃げろっ! 火事だ!」と声をかけるも、外への出口は火の海になってしまい、弟は部屋から出ることができません。

なんとかしなくてはという気持ちもありながらも、1秒でも早く逃げ出さなければ、

自分の命も危ないという状況です。

燃えているのは2階でしたので、弟は自力で部屋の窓から飛び降りて外に出て「火事だぞー! 逃げろー!」と近所の人にも聞こえるように大声で叫んでいました。 僕はもしも手元に何もなくなったとしても、なんらかの形でお金を稼ぐ方法を見つ けなくてはいけないと思いました。すぐさま、テーブルの上にあったノートパソコンと、売ったらすぐに現金化できそうな一番高価なもので、趣味が高じて買った釣竿を手に、部屋から走って逃げました。

あっという間に火は広まり、外に出て家を見ると、火柱が上がるほど燃えています。僕は泣き崩れる母親の肩を抱きながら、今後どうやって生きていくかを考えました。

セント・エルモス・ファイヤー

しばらくして消防車がやって来て、数時間かかり火を消し止めてくれました。不幸中の幸いでケガ人などはなく、九死に一生を得ました。

火事というのはおそろしいもので、すべてを焼き尽くし奪っていきます。手元に残ったものはノートパソコンと釣竿、そして、家から離れた場所に停めてあった車、それだけです。

財布や携帯電話は部屋に置き去り、というよりも、逃げることに必死すぎて、とっさに手に取ったもの以外は、すべて燃えてしまいました。

手持ちの洋服は火事のときに着ていた寝巻きのスウェットだけ。着の身着のままとは、まさにこのことです。

その日の朝方まで、消防士の方が消火している様子を野次馬に囲まれながら見ていたので、眠ることはできませんでした。

ここまでひどいことになると、母親の心のケアや、弟のことも心配です。そんなとき、呆然と立ち尽くす僕を見つけた、幼なじみの友人のお母さんが「うちにおいで。しばらくいていいからね」と言ってくれたおかげで、やっと眠りにつくことができました。

次の日、まず燃えた家のあと片づけや、免許証の再発行、銀行のキャッシュカードの再発行や、役所で各種の手続きなどを済ませました。スーツ1着すらない状態でしたので、まずは買いそろえるところからはじめないと……。

幸いなことに、火災保険に入っていたおかげで、お見舞金が振り込まれてきました。半焼と全焼では、補償される金額が大きく違うそうですが、全焼扱いとなり、保険金 は満額がおりました。

保険金はとてもありがたかったのですが、古い家でしたので、新しい家を建てるには、まったく足りない金額です。そのお金を家族で分け、身の回りの最小限の必要なものを買いそろえていきました。

火事によってモノもお金もなくなっただけでなく、気持ちもひどく沈み、失ったものはあまりにも大きかったです。

この火事が、当時流行った映画『セント・エルモス・ファイヤー』のタイトルにもなっている、嵐のなか船乗りたちが道しるべとしたマストに灯る炎のように、せめて僕の進む道を照らしてくれる火だったら、少しは救われるのですが……。すると、目の前にひらりとメモが落ちて来ました。

「家族は何よりも大切な宝物だよ」

そうだな。そうだよな……。こんなときこそ、家族が一番大切だよな。お金よりも何よりも……。

だれからのメモなのかは相変わらずわかりませんでしたが、僕はメモを握りしめな

がら、気づくと目にはうっすらと涙が……。涙をぬぐいながら、「前を向こう」と自分に言い聞かせました。

———/ここまで/

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