自分にむかってまっすぐに。「LOVE & HUG」

#101 *SPICE OF LIFE*「唯一無二のキミへ」

おはよう、由歌利です。

先週平日は濃いインプット、週末は一気にアウトプット。

お誕生日を前にして気持ちよく脳が活性化したみたい。

いつもなら年末から3月半ばくらいまでテンション低く推移していたけれど、

今年は違うなぁ。

高くもなく低くもなく、普通。

安定しているというのは「こういうことなのか!」と、妙に納得。

今夜は一年ぶりに会う友人とおでんをつつく。

冬のうちは、やっぱり冬を楽しみたい!

 

 

☆・:+:。+・。

 

 

昔々、友人の一人が言った。

「嘘がいちばんキライ」

当時の私は、「へぇ」と思った。

『些細なことでみんな、ひとや自分のために適当に誤魔化して生きている気がするけど』

こころの中でそんなことを考えつつ、

嘘が嫌いだとかそんなことを考えたことがなかった自分に気づいた。

別に嘘のない世界に生きていたわけでもなく、

今から思えばなんとなく、自分の都合の悪いことに蓋をしている

ごくごく普通の生活だったのだと思う。

 

 

いま、自分を偽ることのできない私がここにいる。

他人がどうこうではなく、自分を誤魔化すことが出来なくなったというのかな。

 

 

考えてみると、小さな頃から自分の感情をずいぶんと押しこめてきていた。

それで世の中が丸く収まるのであれば、それはそれでいいこと。

私の意見や思考・感情で何かが変わるはずもない。

…こんなことをあたりまえとして生きてきていたのだと思う。

例えば、親しい誰かが「Aを選ぼうと思うのだけれど、それでいいよね」と言ったとしよう。

私は「C」を選びたい本音があっても相手が「A」を選びたそうにしていると、

私の意見は出さずに「いいと思うよ」と答えてきた。「ま、いいか」と。

 

 

でもさ、これってなにかおかしい。

それこそ、私ひとりが黙っているだけで世の中が丸く収まるわけないんだよね(笑)

いま考えてみると、かなり世間値の狭いヒロイズムだよ。

自分を強く主張する必要はない。

けれども、自分の好き嫌いを尋ねられて「どちらでもいい」とか、

相手のこころを推し測った答えを出すというのは

「考えることの拒否」、または「いい人に思われたい」のどちらかだ。

意見を出さず、相手に任せることは楽ちんだもの。

 

 

会社でもそういうことあるよね。

自分の意見はあっても間違えているかもしれない、

考えがうまくまとまらない、

だから、上司の欲しがる答えを探す。

見つからない場合はだんまりをとおす。

黙られる側の立場になったからこそよくわかるのだけれど

これはね、ほんとによくないよ^^;

時間の無駄。

上司や部下が欲しいのは「異なる視点・意見」なんだから。

 

 

☆・:+:。+・。

 

 

視点を変えて思い出話をひとつしよう。

再現フィルムのようにイメージをしてみてね。

 

 

Eさんの母親は美人でとても明るく楽しい人。

ただ、ほとんど家に寄りつかないご主人との関係がよくなく、

家の中では日常的に不機嫌で感情的、自己中心的な人だった。

最大のはけ口は一人娘であるEさん。

論争やとげとげした感情に巻き込まれることが嫌だったEさんは

ほとんど口答えもしなかったし、意見どころか、要求さえしなかった。

なにかを頼んだり、甘えたりすることでとばっちりを受けることが怖かったから。

Eさんは母親に対しては物心がついてからずっと、愚痴も言わず、

金品どころか食べたいものさえねだらず、相談も一切したことがない。

ほとんど感情を表さず、母親の要求に端的に応じてきた。

にもかかわらず、母親はEさんにずっと不満を持ち

なにかあれば文句を言い、感情をぶつけ続けたという。

 

 

さて。これ、どう思う?

どちらの気持ちが理解できる?

 

 

実は、Eさん親子は、私と亡母のことなの。

まじめに、こんなロボットみたいな子供いらんわと思うよ(笑)

母をずいぶんと寂しがらせてしまったと今はわかるんだけどね。

あの頃の私にほかに何か選べたかといえば、無理だったろうな。

「私はなにもしていない、なのに母は…」ずっとそう思ってきた。

でも違うね。

何も言わない、感情をみせないことで、母に真っ向から対抗していたんだよ。

我がことながら寒いねぇ(苦笑)

 

 

☆・:+:。+・。

 

 

職場で起こること。家庭の問題。

結局同じなんだ。

新聞の経済欄を賑わしていることと社会面の三面記事。

現象は違うように見えても、問題の根、そして、現れるプロセスさえも一緒。

ひとは感情のイキモノであること、忘れないでね。

 

 

現在の私は、このことがベースにあることも大きな一因だけれど

最初に言ったように、いつの間にか「自分を偽れなく」なった。

思うこと、こころにひっかかることを

その場その場で、自分の本当の気持ちかどうか、本当はどうしたいのか、

相手に伝えるべきことかどうか、そんなことをちゃんと考えるようになった。

必要なことは言葉にするし、表現することを恐れなくなった。

たかが私ひとり…じゃないんだ。

私の意見、気持ち、行動が人に影響を与えることを理解できたから。

これ、私だから、じゃないよ。

だれでもみんな影響を与えあっているの。

ひとにどう思われるか、ではなく、自分がどう思うか、どうしたいか、が重要なんだ。

ひとはひとりで生きているのではなく、他者と関わり、いろいろな感情を生みだし、

その感情を言語化しながら共生していくイキモノなんだもの。

 

 

こころを開こう。

流されずに自分で考える。

そしてね、考えていることを相手に伝える。

自分の義務をちゃんと果たそう。

いつだって、どんなときも、あなたは唯一無二のあなたなんだから。

LOVE & HUG:-)**


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